明治通りの裏に出来たドーミーインに宿泊しました。すっかり伊東の田舎暮らしに慣れた自分には、渋谷の街は忙しすぎるので、新しくなった渋谷の街を早朝に散策しました。宮下公園跡地に建てられたビルをはじめ、駅周辺にはかっこいい新いビルが立ち並び、渋谷の街は大きく変貌を遂げました。しかしながら、散歩の度に、足のつま先はついつい原宿方面に向いてしまうのです。

中学生の時に通っていた代ゼミは原宿(今は造形学校のところです)。
高校は外苑前。
大学は渋谷区東(日赤病院の近く)
起業したての頃の露店のメインは原宿キャットストリート。
週末の販売先であるフリマのメインは明治公園。
初めて出したお店は代官山。
初めて日販100万売った店は、裏原。
うちの本社は千駄ヶ谷。

おそらく中2くらいから毎週末、高校生になるとほぼ毎日渋谷区でウロウロしていたと思います。近隣エリアでは当時流行っていた代官山や裏原、公園通りやファイヤー通りにももちろん良く行きましたが、一番のお気に入りは原宿ラフォーレのある明治神宮前の交差点から渋谷駅に抜ける明治通りです。当時の自分は背伸びしたい盛りの高校生。洗練された大人を感じることができる明治通りは、正直歩いてるだけでなぜか気分が上がっていくのでした。

しかし、生馬の目を抜くファッションアパレルの業界では栄枯盛衰のサイクルは早く、このエリアも例外ではありません。しばし思案してみたのですが、明治通りに面していて25年前から同一屋号で同一立地で頑張ってるテナントは、「ポールスミス」「エディフィス」「ロイヤルフラッシュ」「ヒステリックグラマー」くらいではないでしょうか?(他あったら教えてください!!)テナント総数は400から500はあるでしょうから、「25年続くお店というのはおよそ1%」ということになります。千駄ヶ谷方面までエリアを伸ばしてみても明治通り沿いだと「ビームス」しか無いので、本当に厳しい業界です。

ニューノーマルが声高に叫ばれ様々なビジネスモデルが崩壊するこの頃において、四半世紀を振り返るのはとても良い機会になりました。そして、新たな新戦略の策定も答えは自ずと決まってくるので、難しくも無い気もします。難しいのはやはりやりきることです。青春がつまった大好きなこの「原宿と渋谷の間」を通る際には、四半世紀戦略に則っているか?を見直す良い機会にしようと思います。